トランジションについて

移行期医療とは

医療の進歩やケアの普及により、先天的な疾患や小児期発症疾患をはじめとする慢性的な症状を持つ患児の多くが、青年期・成人期を迎えられるようになってきました。小児慢性特定疾患治療研究事業の登録患者数は現在10万人を超えており(加藤, 2008; 小児慢性特定疾病情報センター, 2015)、そのうち少なくとも毎年1000人の患者が20歳を迎えています(武井, 白水, 佐藤, 加藤, 2007)。それに伴い、小児期対象の医療から成人期対象の医療へとシフトしていく移行期医療の重要性が増しています。
米国思春期医学会では1993年に移行期医療についての提言を発表し、移行を「慢性的な健康状態を有する青年および若年成人が子ども向けから大人向けのヘルスケアシステムへ移る、意図的で計画的な動き」と定義しており(Blum et al., 1993)、国内では日本小児科学会が2014年に「小児期発症疾患を有する患者の移行期医療に関する提言」を発表し、移行期医療を「小児期医療から個々の患者に相応しい成人期医療への移り変わり」と定義しています(横谷他, 2014)。
小児科から成人を対象とする診療科(以下、成人科)へと移る転科(transfer)は移行(transition)を構成する一つの要素やイベントにすぎず、必ずしも転科が移行の必須条件というわけではない(賀藤, 2017; Schmidt, Thyen, Herrmann-Garitz, Bomba, & Muehlan, 2016)。全てのケアを小児科または成人科で受けるケース、小児科と成人科の両方でケアを受けるケースなど患者や家族の個別性に応じたパターンを想定し、彼らにとって最善のケアを切れ目なく提供できる移行期医療体制が必要になります(Reiss, 2012; 横谷他, 2014)。
移行を「病態・合併症の年齢変化や身体的・人格的成熟に即して適切な医療が受けられるように健康管理の主体を保護者・医療者から患者自身へと移していくこと」(江口他, 2018)、「患者が自分の身体的・知的能力に応じた社会参加ができるように自立/自律にむかうこと」(田崎他, 2015)と謳う先行研究の存在からも読み取れるように、移行期医療において患者の自立支援はとても大切です。移行期医療における自立とは、具体的に“自身の疾患や症状についての理解”(Dellon et al., 2013; 堂前, 伊達, 作田, 2014; Ferris et al., 2015; 松尾, 中野, 来生, 加藤, 片田, 2004; 三ツ谷, 竹森, 2014; Nazareth et al., 2018; 小倉, 向後, 大川, 2013; Sawicki et al., 2009 ; Stewart et al., 2017)、“自発的な内服や食事・運動等の自己管理”(Dellon et al., 2013; 堂前他, 2014; Ferris et al., 2015; 松尾他, 2004; 三ツ谷, 竹森, 2014; Nazareth et al.,2018; 小倉他, 2013; Sawicki et al., 2009; Stewart et al., 2017; Vaks et al., 2016)、“自ら医療者へ相談・説明等を行うコミュニケーション能力”(堂前他, 2014; Ferris et al., 2015; 窪田, 2015; 三ツ谷, 竹森, 2014; Sawicki et al., 2009; Vaks et al., 2016)を患者が獲得することです。とりわけ難しいけれども重要なポイントは、“意思決定の主体を保護者・医療者から患者本人へと移す”ということです(丸, 2015; 三ツ谷, 竹森, 2014)。
これらの自立支援を行い、患者が疾患を持ちながら健康に暮らせる力を育むことが移行期医療の目標となります。患者の疾患理解や主体的な受療行動が不十分のまま移行を進め、セルフケアの責任を患者本人に移した結果、ノンコンプライアンスや知識不足により病状が悪化するケースもあります(Betz, 2010; Bloom, Kuhlthau, Van Cleave, Knapp, Newacheck, & Perrin, 2012;松村, 高田, 市原, 2008; 小倉, 向後, 大川, 2013)。患者が成人になることを見据え、10代早期より移行期の自立支援を行って準備を進めるべきであり(窪田, 2015; 櫻井, 2016)、この準備の過程もまた移行のプロセスの一部である(丸, 2012)と示唆されています。したがって移行期医療とは、医療を提供する側のケア体制を整備するだけでなく、患者・保護者への教育や調整などケアの受け手側の体制の整備をも含む多面的かつ長期的な支援を指すのです。

移行期医療の現状

国内では小児期発症の慢性疾患を持つ思春期及び成人期の患者・保護者の約半数が小児科の受診を継続し(堂前他, 2014; 松森他, 2003; 梅田他, 2013)、転科を希望していない現状が報告されています(松森他, 2003; Bloom et al., 2012)。患者は成長に伴って健常者との違いや隔たりに気づくようになり、自分を理解してくれる者や安心できる場を求めます。馴染みがあり、疾患を持つ自身を受け入れてくれる、信頼する医療者から診療されたいという想いから小児科への受診を継続することも報告されています(松森他, 2003; 松尾他, 2004; 丸田, 野間口, 草場, 2014)。
成人に達した患者が小児科への受診を継続することの問題点としては、患者の自立の遅れ、成人期や妊娠期に生じる心身の健康問題への対応困難、小児科の受け入れ可能患者数の限界などが挙げられ(Ishizaki et al., 2012; 丸田他, 2014; 三ツ谷, 竹森, 2014)、8割以上の医師・看護師らが小児科受診を継続する成人患者に対し、転科の必要性を感じていることも報告されています(森他, 2013; 梅田他, 2013)。
移行を開始する時期について、米国小児科学会などの各学会や英国国立医療技術評価機構が思春期初期を推奨しています(McManus & White, 2017)。年齢が高く(Ferris et al., 2015; Javalkar et al., 2016; Nazareth et al., 2018 ; Sawicki, Kelemen, & Weitzman, 2014; Stewart et al., 2017)また女性の患者(Javalkar K et al., 2016; Sawicki et al., 2014; Stewart et al., 2017)の方が移行への準備が進んでいることが示されています。しかし、思春期初期、中期、後期と年齢が上がるにつれ性差は見られなくなるという報告もあり、発達成熟度が移行への準備に影響し、思春期においては一般的に男性よりも女性の方が精神的な成熟が早いため、結果的に女性の移行準備状況が進むとも考えられています(Stewart et al., 2017)。したがって、患者の年齢だけでなく心理的な発達状況や社会的要因を考慮し、個々のケースに合わせて移行を進めていくことが大切です(Ishizaki et al., 2012; Levine & Levine, 2010; 森他, 2013; 梅田他, 2013)。

移行期医療の課題

移行を円滑に進める際の阻害要因は様々で、「体系的な要因」「医療者側の要因」「患者・保護者側の要因」の大きく3つに分類されます(Dellon et al., 2013)。
まず1つ目の「体系的な要因」として、移行期医療が診療報酬として認められていないなどといった制度・保険上の問題や、それにより移行期医療に携わる医療者の不足などが挙げられます(Dellon et al., 2013; 田崎他, 2015)。
次に2つ目の「医療者側の要因」として、小児科・成人科の医療提供者間の協働ネットワークの欠如(Betz, 2010; Dellon et al., 2013; Ishizaki et al., 2012; L. Levine, & M. Levine, 2010; 三ツ谷, 竹森, 2014; 梅田他, 2013)、転科後に受け入れてくれる成人医療提供者の不足(Betz, 2010; Dellon et al., 2013; 賀藤, 2017; L. Levine, & M. Levine, 2010; 梅田他, 2013)、自分が患者を診続けたい・自分しか診られないという小児医療提供者の想い(賀藤, 2017; 梅田他, 2013)などが挙げられます。
最後に3つ目の「患者・保護者側の要因」として、転科に影響するものと患者の自立およびセルフケア能力の獲得に影響するものが存在します。転科の阻害要因としては、患者・保護者の小児科への依存(賀藤, 2017; 梅田他, 2013)、進行が急で病状が不安定な患者の疾患(賀藤, 2017; 三ツ谷, 竹森, 2014; 田崎他, 2015)などが挙げられます。患者の自立およびセルフケア能力の獲得の阻害要因としては、患者が疾患を持つ自身を否定的に受け止めること(小倉他, 2013)などが挙げられるが、とりわけ重大な要因として保護者への依存による患者の受け身的なセルフケア行動が挙げられます(Dellon et al., 2013; 小倉他, 2013; 梅田他, 2013)。

移行における保護者の影響

先行研究において、患者よりも保護者の方が移行の必要性を感じているものの(櫻井, 2016; Sawicki et al., 2014)、保護者が患者の疾患管理やセルフケア能力の獲得状況を患者の自己評価より悪く捉えていたという報告があり(深川, 2006; Nazareth et al., 2018)、患者本人が認識する移行準備状況と、保護者が認識する患者の移行準備状況にはズレが生じていることがあります。保護者は患者の疾患管理やセルフケア能力を過小評価する傾向がありますが、このことが患者の保護者への依存の背景として働くことが指摘されており(三ツ谷, 竹森, 2014)、移行の阻害要因の一つとなっている可能性も考えられます。保護者は医療者とともにセルフケアの主体や責任を患者に受け渡す当事者の1人であり、渡す側と受け取る側の双方の方針が合致していなければ、受け渡しは成立しません。したがって患者本人と同様に保護者にも目を向け、保護者に対し、患者への適切な自立支援を後押しするための指導を行いながら、患者の移行を進める必要があります(賀藤, 2017)。

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